

Q) 技術系に進む前段階として、理系を選択されたきっかけは何だったのでしょうか?
A) 算数か理科かは忘れたのですが、問題が解けた時に「答えがハッキリしているんだな」と子どもながらに感心したのを覚えています。国語は△があって曖昧、〇か×かの算数・理科のほうが気持ちがよくて好きでした。中学時代のクラス担任が理科の先生で、尊敬していたこともあり、さらに理科が好きになって、理系の選択へつながったと思います。
大学・大学院へと進む中、ずっと数学を研究するつもりでいたのですが、その頃、コンピューターが世の中に出回り始め、その基礎システムから研究できる研究室がたまたま大学院にありましたので、そちらに進みました。人工知能とくに音声合成関連の技術の研究を行っていたのですが、何もかもが新鮮で楽しくて。音声は通信会社の専門分野ですから、そのなかでも当時から高いレベルを誇っていた弊社を希望して、就職しました。
研究所に配属された同期の女性は、全体の1割だったのですが、これは私が想像していたよりも多く驚きました。大学・大学院では女性の割合はもっと少なかったので、弊社が男女の雇用比率を作っていたのではなく、応募の割合が1対9だったのだと思います。
Q) 入社されてからのお仕事の内容を教えていただけますか?
A)
私は、インターネットHTMLが広く認知される前の平成5年度入社で、弊社がすでに所有していたISDNつまり電話線のネットワークを通して、「情報のやり取り、今でいうマルチメディア的なことができないか」という研究からスタートしました。配属されたのはヒューマンインタフェース研究所の「応用部」という部署で、今まで弊社が蓄積してきた核となる技術を応用して、新しい、おもしろいものを生み出そうという部署です。
最初に携わった仕事は、今で言う「着うた」の配信、その先駆けとなるシステムの開発でした。個人的にも音楽が好きだったので、是非やってみたいという希望を出したのです。音声データを圧縮させる技術はすでにありましたので、あとは音楽をコンピューターで短く自動編集し、送受信できれば可能だということで、研究をしていました。
その仕事を3年間行った後に、「ファックスによる情報発信」のための技術の開発に携わりました。これはある町の商店街と組んで行った仕事なのですが、ファックスしか所有していない商店のみなさんがインターネットに広告を出す場合、チラシをファックスしていただき、それを読み込んで画面にアップさせるという技術です。ファックス等のイメージをコンピューターに文字情報として読み取らせる技術のことをOCRというのですが、それを応用してシステムを作りました。
平成8年には、ようやくHTMLも普及してきたこともあり、NTTグループの事業会社とそのグループ各社のお客様である企業様を対象に「Web上の展示会」という試みも行いました。システム(製品)をWeb上で説明して、興味をもっていただいたら資料をご請求していただくという形ですね。
同じ時期に、今は携帯で手軽に利用されている「道案内システム」の開発にも携わりました。やっとPHSが世の中に登場した頃でした。実験は鎌倉で行ったのですが、ポイントカードなどによく使われる裏が銀色のリライタブルカードを利用し、そのカードに、鎌倉で観光したい場所を入力しておき、鎌倉駅近辺に置いた端末にそのカードを入れると、読みやすい形にデフォルメされた地図に、回りやすい道順も書き込まれたものがプリントできるというシステムを作ったのです。
開発中は、毎朝、研究チームの誰かがこの端末を起動させに行っていました。この端末は、野ざらし状態だったものですから、暑い日などは熱がたまってダウンしてしまったりするんです。ですから1日中、起動しているかチェックして、止まれば「まただ〜」なんて言いながら起動させに行ったりと、とても大変でしたけどおもしろい経験でした。規模が大きな実験だったので、おかげさまで人と協力してプロジェクト化する楽しさを知りました。