

Q) 経歴を拝見しますと、入行後すぐに国際部門の部署に配属されていらっしゃいますが、学生時代に海外生活をご経験されていますか?
A) はい。いわゆる帰国子女です。銀行員だった父の転勤に伴い10〜12才をロンドンで、中学時代の3年間をニューヨークで過ごしました。どちらも通っていたのは現地校です。高校受験の前に父の帰国が決まり、高校はICU高校、大学もICU(国際キリスト教大学)に進みました。学部は教養学部、専攻は言語学です。その頃はまだ雇用機会均等法もありませんでしたから、将来的には同時通訳になろうと考えていました。
その雇用機会均等法が法律として施行されたのは昭和61年ですが、都市銀行が女性を総合職として採用することを制度化したのは、ちょうど私が就職をする年からでした。私が入行したのは旧三菱銀行で、実質的には、私たち世代が女性総合職一期生となっています。
Q) 入行当時の仕事について教えていただけますか?
A) 私は国際部門である「国際企画部」からスタートしました。そこで私が係った業務には、ナショナルスタッフの活躍支援施策があり、海外支店で長く働くナショナルスタッフを東京に呼んで行った研修の運営を補助したり、海外拠点の人事制度について、上司と一緒に海外オフィスへヒアリングに行ったりもしました。その他、行内会議のための資料作りをしたり、ムーディーズなど、海外の格付会社が面接をしに来るので、そのための資料を英文で作りプレゼンしたりしました。
海外勤務の話が持ち上がったのは、3年目に入った頃でした。最初は部長に「海外、行きたい?」と冗談っぽく打診されたのですが、私は「もちろんです!」と即答しました。入行当初からの希望でしたから。そして旧三菱銀行の女性海外赴任一号となったわけですが、赴任先のロンドンでは、旧三和銀行や旧三井銀行、旧第一勧業銀行から、私と同じ女性総合職一期生が1人ずつ赴任していました。その方々とはとても仲良くなり、今でもお付き合いがある方もいます。
Q) ロンドンにそれだけ女性総合職が集まったのは、やはり女性のほうが語学力に優れた人が多いからでしょうか?
A) 確かにみなさん、英語を自在に操る方々でしたが、女性が優れているのは語学力というより、環境適応力だと思います。つまらない例えですが、ロンドン支店の若手男性5人がモロッコに旅行に出かけたことがありました。帰ってくると「食えるものがひとつもなかった!」と文句たらたら。ところが女性たちで旅をしてみると、何でも美味しいし、楽しい(笑)。このように、女性は置かれた環境に対してとても柔軟です。
小さな例え話ですが、内永ゆか子理事長がおっしゃるように、女性こそ企業や社会のダイバシティー化にいち早く適応できる柔軟性があるということと通じているように思います。
それから、ロンドンに女性が集まったのは、銀行が私たちをロンドンという金融の最先端で勉強させたかったことと、やはり女性ということで、当時治安がよかったロンドンが選ばれたのではないでしょうか。送り出す側の親心だったのでしょうね。